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総持寺駅


人間生きてると色々振り返って反省をするのが性で、
前回のブログにおいて一番あちゃあと思った点について、まず誤解を解きたい。

 

タイトル。

あたらしい海のこと、
病気の話、
天才はあきらめたの雑感、
Aマッソのネタから一節。

 

これらをまとめて表題としただけなので、悪しからず。
別にハァ……みたいなことでつけたタイトルではないので、
おちこんだりもしたけれど以下略。
前回から引き継ぐと見てくれ重視で四文字縛りがいいかなと思うので、
今度はとりあえず最寄り駅の名前にしておく。あら平和。

 

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さて、Balloon at dawn。
ラストアルバム、Tide発売おめでとうございます。
大げさな言い方にはなるけど平成という時代の終わり、
来年には20代前半という免罪符が消失してしまうぼくらの夏に(層が狭い)、
じわっとだけど確実にしみいるようなアルバムなんじゃなかろうか。
ボディーブローだなんてよくいうけどありゃ素人が食らうと滅茶苦茶痛いはず。
なんというか、ぼくにとってはきっとずっとそんな作品。

時間と予算と力量が足れば、
全曲繋いで映画にだってしたいくらい。

そんなTideから"あたらしい海"に続いて、
撮影・演出・編集を担当した"hanagumori"のビデオが公開になった。

 

 

 

 

・前作からの続きでいきたいな
とか、

・マルチ画面でいきたいな
とか。

もちろん撮影中の細かい設定もそうだけど、
前段階の大枠についてぼくは井口くんの意見を大いに取り入れる。
どうやら自分はゼロから何かを生み出すのがとっても苦手なので、
小さな種でもひとつもらえるとそれはもう一生懸命育てるのです。
ほかにも具体的にはフォントだとか文字の位置とか、
デザイン的な部分もこれまたあまり得意じゃないから、いつも助けられている。
井口くんの「監修・構成原案」という表記はそのためだ。

 

Girls around the gate、三月、あたらしい海、hanagumori。
胸を張って「これはぼくの作品です」と全部に言えるけど、
まあ当たり前な話、「ぼくだけの作品」でだってあるはずないのだ。

 

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"hanagumori"は……前回も書いたけど"あたらしい海"納品後から病気で1ヶ月、
本気で死ぬんじゃないかとフラッフラの状態で仕事をしながら、
今生にしがみついた期間に素材をしっかり精査し選んで、
ほぼ完治してからやっとこさバタバタと編集に入った。

だからというかなんなのか迷いのない、気迫のある画面になったし、
そんな瞬間とすらきっぱり決別するような。そんな勢いのあるカッティングが実現出来た気がしている。

 

Kensei Ogataさんの音から着想を得た部分も多くて、
せっかく2画面なのだから映像としてもステレオ的な立体感が出るよう試みた。
こういった編集はきっと自分からやってみよう、とはならなかったので貴重な経験だった、
というか、単純にすっごくいいのができたな!と思う。

 

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この場を借りてお礼を言わせてください。
東京での素材撮影をお願いした主演のミオさん、
心得があるので求めている"都市観"を理解した素材に安心した。

友人の松井、車貸してくれた惣前、いつもありがとう。
後輩の加納はカメラ長いことごめん。三脚は風で折れたし。

藤井さん、改めてだけどミオさんも。
海での撮影の素材、1年前のを今回ばっちりフックアップできたと思う。
長い撮影にも付き合ってくれて本当に感謝です。ありがとう。また会おう。

最後に1年前の自分、膨大な素材撮影ご苦労さん。
膨大すぎて整理が大変だったけど、Girlsでは使ってない、
でもちゃんと地続きの良いフッテージたちは報われたはず。

 

今際の際の走馬灯のようであり、無限に続く生き地獄のようでもある今作。
それでも生きていかなきゃならないと歩いていった彼女たちの背中。
撮影の日は風がほんとうに強かった。

 

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前回のブログのあと、きっちり再見した風立ちぬだけど、
創造的人生の持ち時間は10年……というセンテンスの意味を、
どうやらしばらく勘違いしていたかもしれない。
最後のあの煉獄。墜ちる零戦。でも風は吹いてるんだよな。
時代の焼け野原にだって、たとえそれが皮肉としても、どうしたって時代の風は吹く。
The answer is blowin' in the wind、である。

"風が立つ 生きようと試みなければならない"

何度見たって涙がこぼれてしまうセリフは、
「美しいところだけ、好きな人に見てもらったのね」。

 

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総持寺という駅に引っ越して3ヶ月が過ぎた。

学生時代行き来していた辺りだからなんとなく選んだ町だけど、
通り過ぎるだけじゃあやっぱり知らないことも多い。
住んでみると、で気付いたのは北摂地域じゃあまり治安のよろしくない部類で、
まあそれが大阪南部出身のぼくからしてみれば逆に勝手知ったるみたいな節もあるのだが、
特段言うなれば人身事故が頻繁に、というか、運行遅延の原因となることの多い駅だ。
徒歩5分県内の最寄り駅で少なくともこの2週連続、誰かが線路に跳び込んでいる。

 

ついさっき。帰り道の出来事だった。

 

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今日は職場で、それこそボディーブロー食らったような苦い思いをした。
引っ越して3ヶ月、1ヶ月だけ家から通ったので入社から数えるともう4ヶ月になる。
前の職で舐めた辛酸のひりつきは一生忘れないだろう、本当に絶対に。
同じ過ちは繰り返すまい、自分が悪くなくったってそういう気持ちではいる。

とはいえ新天地も時間が経つとむしろ厄介ごとの方から暑中見舞いが届いてしまったりする。
封は開けずに捨てちまえ、といくらTOMOVSKYが言ったって、
ぼくらは職場で「○○様宛書類」に自分の名前があると途端にそういうわけにもいかなくなる。
というか封を開けるも何もこのごろ世間は夏休みだし配達物が遅れがちで、
そのどうにもならない状況を「なんとかして」と言われてしまったりする。ほぼ毎日。

他諸々の理不尽は割愛。
どないせえっちゅうねん。

 

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帰りの電車飛び乗って、そういやあなんで転職したんだっけ、とかちょっと考え始めていた。
漫然と脳裏によぎってた言葉。「いっそ死にてえなあ」が口をついて出る。
この間まで部屋で泣きながら悶えて闘病してた手前、なんて罰当たりなやつなんだろう。

こんなときは各駅停車で帰る。別に急ぐ理由もないしどうせ乗換で待つのだ。

最寄駅目前、19時58分。56分発の電車が動かない。なんだかおかしい。
イヤホンをはずして辺りの様子を伺う、「人身事故です、しばらくこの電車は動きません」。

 

発生は最寄駅、なんだか叱られているような気分。
意を決して、はるばる線路を家まで辿ることとした。

 

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死体が出たんで沿線、あちこちで救急車と何度もすれ違う。
探すもののないスタンドバイミーとはなかなか空虚なもんだけど、
パトカーがやってきて溝を突っついては去る、みたいな光景に探し物の不在を安堵する小心者の自分はどこまでも普通の人だと呆れ笑い。

地図は見ず、本当に線路だけを頼りに歩いてみる。

最近読んでる都市論の本によれば、
"当て所なく都市をふらつき俯瞰で批評する人"のことを遊歩者(フラヌール)というらしい。解説は続く。

 

「都市を自分の夢の中に引き込み、
街路は彼を遠くに消え去った時間へと連れていく、
追憶と陶酔にひたって通りを散策する者は、
目に映りゆく過去の建造物や読書の知識を自らが経験したもののように覚醒させる……」

 

うーん、ないまぜにしたい気持ちはわかるぜ。
でももう少しぼくの悩みは実体を持ってそばにあってさ、
とはいえまだまだ家までも答えまでも相当な距離を予想したぼくは、ふとあることを思い出した。

 

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今朝方、京阪も人身事故で止まっていたそうだけど、あれはちょうど1ヶ月前だったか。
奈良は近鉄郡山で自殺配信をした16歳の女の子。

 

彼女もまた「美しいところだけ」を……好きな人がいたのかいないのかも最早知れないが、
間違いなく、きっと誰かにその瞬間の姿を見ていてほしかったのだろう。
件の映像を、すみません、悪趣味かもしれないけれどなぜだか1度だけ拝聴したけど、
もう本当に、いろんな気持ちが沸き起こりたくり、どうしようもなかったんです。
でもどうしようもないから、どうもないふりして普通に暮らすしかなくって。
大人になるってこういうことなのかもしれない、確かにいちいち反応して影響されている余裕はないのかも。

だけど決して忘れたくないし、忘れちゃいけないって思ってる。

彼女のことを誰も忘れちゃいけない。

 

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高校時代から好きでずっと聴いている転校生、
"ほうかご"がベストワンだけど今日の気分は"エンド・ロール"だった。
歌いだしはこうある。

 

「きみがもし死にたくなっても/ぼくにはなにもできない/
きみがもしいなくなったら/ぼくは泣いちゃうんだけど」

 

 

 

 

もし仮に、仮に、の話。
この曲における死にたいきみの友人の、そのまた友人がぼくだったなら、
「でもあなたはちゃんと泣けるんじゃん」って言ってやれると思う。

宇多田ヒカル乃木坂46もかつてそう歌ってた。

 

女性の言葉だけが届く患部。
それはきっと誰の心にもある。

 

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見慣れない通りばかりで行き止まりも何度も、
そうしてクタクタになりながら、暗く長い道のり。
最後まで見慣れないまま気付いたら家の前。
全然わかんなかった、こんな帰り方があったんだねえ。

 

と、ドアを開けクーラーを入れて扇風機を回して、
あれからもう2時間ぐらい経ったか。

すっかり部屋は涼しくなったし、晩御飯はところてんかな。
いつのまにか電車の運行はとっくに再開したようだ。

 

どうっという轟きと共に、生ぬるい風は吹く。
その空気が、果たしてなにを孕もうとも。