nowfuturedays

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I know it's for the better

 

しばらくぶりにPodcastを更新した。

 

仕事を終えてからのコンビニ夜勤にかかりきりで、週の半分かそれ以上は24時半を過ぎての帰宅。寝不足で長めに風邪をひいたりミニゲロを吐いたりと、体調不良に余念がなく、そもそもここ5,6年は夏が好きじゃない。嫌いと言っていい。年々、自分が刺激に弱くなっていることがわかる。車窓から見える青々と茂る緑は好きなのに、日差しやアスファルトの照り返し、気温が何かを楽しむには、ちょっとと言わずあまりにも厳しすぎる。人間が好き勝手に野山、河川、海などをいじくったツケがだんだん回ってきているような気がして、なんとなく悲しい。冬は空気が澄んで穏やかだから好き。冬はまだかな。

 

外に出ること、誰かに会うこと、何かアクションを起こすことに全く興味がなくなってしまって、それは多分言い換えるのなら広い世界に興味がない、ということ。SNSを見なくなって、発言する気も失せているのはそういうことだろう。ネガティブに受け取られてしまうかもしれないが、自分個人としては、別にそれでいいと思う。外界を気にして生きることは正直疲れるし、外に出るのって、やはり自分としては疲れる割に特に得られるものもあまりないような気がしてしまう。他に大事にしたいこと、必要としているものが、自分の中と、半径6,7mの内側に、本当は山ほどある気がしている。自分とは果たして何か?と考えた末にふと浮かんだ「生活者」の三文字をしばらく大切にしたい。

静かな美術館に並ぶポンペイの出土品のグラス

 

Base Ball Bearのライブを見に、岡山まで行ってきた。会場のimage、キャパに対して完全に詰め込み切っており、正直かなり息苦しくて、ちょっとしんどかった。人を入れすぎているからめちゃくちゃ暑かったし、アンコールが終わるまでドリンクも取りに行けないくらい。19曲の演奏が済み、疲れたのでさっさと帰ろうと思ったのだが、周囲では鳴りやまないダブルアンコール。他のお客さんからしてみれば、特に会場アナウンスがないので三人の再登場への期待も高まっていたのだろう。しかし相当草臥れていたので僕はそそくさと帰り、その後、結局ダブルアンコールはなかったみたいなんだけど、そのあたり、会場側のかなり段取りが悪かったように見えて、導線や時間の仕切りをきっちり改善してもらえるとありがたいなあ……と思ってしまった。

 

とはいえ、ライブそのものは本当に素晴らしく、行ってよかったなあ。一昨年、前作「天使だったじゃないか」のツアー大阪編に当選していたのに自分は仕事で行けず。NUMBER GIRLの再結成時も同じ理由で突然行けなくなって歯を食いしばった記憶があり、どうもなんばハッチとは縁遠いらしい。今回は無事に見ることが出来て一安心。

 

その前作アルバムの曲も織り交ぜながら、本編では、ランドリー,メタモルフォーゼ真っ最中,ヘヴンズドアー・ガールズ,USER UNKNOWN,ドライブ,夕日、刺さる部屋。アンコールでGIRL FRIEND,Power(Pop)of Loveを聴けたのが嬉しかった。勿論、新しいアルバムの曲もかなり好き。

 

作中だとちょっと浮いていたBLUE、たるはライブだとかなりしっくり来たし、個人的にあまり好きなシングルではないLOVE MATHEMATICSとドラマチックも、流れで聴くと良い曲だな、と思った。ただ、それまでのセットリストでかなり自然に「存在/不在」を歌っていたテーマ感に対し、ラブマスとドラマチックが急に割り込んでくるのにはどうしても、違和感があった。その2曲が例えば、PERFECT BLUE~SEVENTEENとかになっていれば、掲げていたアルバムのテーマ、ツアーのテーマに更に親和性の高いセットリストになったんじゃないか?と思ったりしたけど、そんな指摘は無粋すぎるか。すみません。

 

ライブ前の合間や終わりは、事前に岡山マイスターのわきさんに相談し、会場近くのB三共ではオムライスとレモンスカッシュ、中華料理宝々のあれこれ、美也味の寿司など嗜みつつ、翌日曜日は雨脚が強まったこともあり、目立った場所の観光は諦めて15時頃には帰宅。

 

これからも大切にしたいものと、段々そうではなくなっていってしまうものについて、色々と考えを巡らせている人生の分岐点めいた(自分の中だけの)タイミングでもあり、心の奥底で揺らぐ火を、改めて見つめ直すようなライブだった。

alternative

 

 

部屋に閉じ籠りきっているわけではないけど、とはいえあまり外には出ず、SNSも閉じ、ひとり黙々と煮物をしたり、ぬか漬けをやったり、コーヒーを淹れたりしている。するとなんとなく、中高生の頃に聴いていた、自分のルーツになるような音楽に、アンテナの趣向がまた戻ってきた。その一方、飽きたわけじゃないけど、アンビエントはどうにも……ちょっと世間で無尽蔵に流行りすぎているなあ、という印象を拭い去れない。

 

 

例えばキム・ディール、ブリーダーズもアンプスも、彼女からしたら至極シンプルに、一生懸命ポップスをやってるだけなんだろうけど、それにしたってアウトプットされるものが異質すぎる。しかしキャッチーさもあり、つまりはポップスであるし、だけども根本的な部分で大事な箍が外れている。という、岡村靖幸なんかも僕の中では感覚的に近いものがあるんだけど、こういう、滲み出る孤高さこそが自分の中での「オルタナティブ」であり、仲間内でわちゃわちゃと群れているだけのものをタグ付けし、カテゴライズして、その名を冠してしまうのは、あまり感心しないというか、ハッキリ言って、オリジネーターたちへの敬意がないというか、なんか、絶対に違うなあ、と思う。というか、そういうものには全然自分の興味がわかない。どうでもいい、ということだな。各々好きなようにしたらいい。だから、自分も好きにする。こういう性格だから今は、アンビエントっぽいものとも、ちょっと距離を取りたくなっているんだろうな。

 

 

 

中尾憲太郎氏と村田善行氏のお喋り、何回でも聞ける。

 

最近、一番更新を楽しみにしているラジオ番組は月曜日のREQ JAM。肩肘を張らなくていいのがかなり助かる。

そんなじゃダメだと焦ったり 生活しなきゃと坐ったり

 

4/17(金)、仕事終わりで車と機材のピックアップ。スムーズに行ったかと思いきや、受け渡しでの人待ちなどあり、行程が1時間以上の遅れ。焦りつつ、直前で連絡を取り合って、関東方面から手伝いに来てくれた恋人と、予定を巻いて新大阪で合流。盛大に道を間違え、深夜のドライブも発生したり、とりあえずめちゃくちゃ眠かったので、ここで合流出来てなかったら危なかったかもしれない。翌日に使いたかったワウペダルを、宅配ボックスにて期間ギリギリで回収できてひとまず安堵。命からがら、25時頃帰宅、支度を済ませ、翌日に備え、大急ぎで仮眠。

 

4/18(土) 朝6時起き、45分頃出発。予定通り、裏寺極楽寺へ8時半入り。道中、モバイルオーダーした朝マックを食べながら向かったので調子が良かった。

前日に現場設営を済ませてもらっていたのもあって、音響周りの準備は思ったよりすんなり。10時過ぎには音量の天井感まで決まっていた。しかし、順番の前後などもあって、どうしてもリハがバタバタ。この辺りは、音響、ひとりだとなかなか厳しいな。続々と出店の皆さん、出演の皆さんも集まって来て、イベントは結果として想像以上にお客さんに入っていただき、何もかもが、恙なく終了。ブッキングは犬オダさんと半々だったけど、フロアを大きく使う立体的なライブを展開してくれた微風ゾーン氏、僕好みなノイズやアンビエントを鳴らしてくれたDJ家系さん、ジャンルの裾野を広げた解釈をしてくれたnicoさん(LADY FLASH)と、奇跡的なマッチングを見せた。出店も、菩薩咖喱とtemaecoffeeしか今回は有り得なかったなと思う。ご縁に感謝。

アンビエント念仏セッション、ギターだけの話で言えば、LOSTAGEに影響を受けたコード、Ovalっぽいグリッチ、Jeff Parkar風のミニマルなフレーズ、坂本龍一、Fenneszの音使い、中尾憲太郎的反復フレーズとダイナミクス、そしてまたLOSTAGEへと戻っていくような構成になった。土壇場で用意したVOXの真空管入りコンプ(Cooltron Snake Charmer)はかかり方が極端で、かつデカくて、ちょっと困ったが、前後にバッファとクランチの2種、歪みをかますのでまあ悪くないかなという感じ、そこそこ噛み合ったと思うし、先述のワウペダルも大活躍。足元でボリュームペダルとワウの動作を切り替えられるのがかなり良かった。

今回、自分のギターと鵜飼さんの声の帯域がきちんと分けられたのは、前回のnoonでの反省を活かしつつ、上手くいったと思うし、出音も自分好みだったけど、ミッドが強調されすぎていたのか、録り音がいまいち微妙。録音のことまで気が回っていなかったというか、まだまだ奥が深いなと思った。自分で演奏しながら聴いている感触は良かったんだけど、ZOOMのカメラ付きマイクでは拾えない倍音や低音がある……ということだろう。まあそれはそれで、現場で体感したものがすべて、ということで、来てくださったみなさんへのお土産になっていれば幸いです。

 

初っ端のDJ暗黒騎士ガイアは、ギターの練習に時間を割きすぎて、DJとしてはあまりにもボロボロだったけど、あれでも一応、半分くらいは流れを決めていた。機材トラブルとリハのバタバタでかなり焦ってしまった、全部、自分の責任である。ただひとつよかったのは、ゲストの方々のタイミングで機材トラブルがほとんど起きなかったこと。そういう意味では、僕のDJがボロボロなのは別に構わない。こういう考え方が出来るようになった自分に拍手を送りたい。

 

20時終演、談笑も交えつつ、21時半頃に片付け完了、大急ぎで車を走らせ、心斎橋まで向かい、機材の返却。済んだのが23時。のんびり家に向かいつつ、道中、丸源で晩飯。うとうとしながら食べたので味は覚えていない。26時前に帰宅。反動で、日曜と月曜(有休を取っていた)はひたすら休んだ。アラが手に入ったので作ったぶり大根、我ながらなかなか美味しかった。疲れている中、恋人が来月を待たずに自分の誕生日を盛大に祝ってくれて、イベントの手伝いも想像を遥かに上回る勢いで頑張ってくれたので、改めて深々とお礼をして帰りを見送った。

 

4/25(土) 朝からギターの練習、昼頃には予定していた曲のおさらいも終わり、それからは角煮の仕込み。豚バラ、真っ白なくらい脂まみれの方が、角煮にするには良いのかもしれない。しばらく前から瓜の皮の苦みが出てしまったぬか、しょうがの力で大分風味が回復したので、この日から漬物稼業も再開。18時15分から十三でboyfriend's deadの練習、3時間、のはずが時間を勘違いしてて10分ほど遅刻……ごめんなさい。僕は2020年だったか、2021年だったかに加入したんだけど、メンバーが集まるのは5年ぶり3回目とのこと。と言ってもボビーさん、石田さん、僕の3名のみではあったが、指定されていた8曲、問題なくこなせたと思う。先週のセッションへの準備の甲斐もあって、ギターが少し上手くなったような気がする。井戸端会議など挟みつつ、23時頃に帰宅。大急ぎで角煮を食らい込んで就寝。

 

 

26(日)は朝マックに間に合わない時間に目が覚め、でもどうしても食べたかったのでシンプルにダブルチーズバーガーなどをUber。そしてひたすら休んだ。いつのまにか寝ていて、16時頃、目が覚め、流石に寝すぎか、と最寄りのスーパーまで散歩。アラがまた入っていたのでまた、ぶり大根を作った。

 

諸々、上手くいってほっとしているけど、とりあえず疲れた。やっぱり、イベントをやった後、しばらくしてから体調がぶっ壊れるので、この2週間くらいは薄っすら風邪気味である。今後はイベントの運営、DJ、セッションのうち、同じ日に行うのはどれかふたつまでにしておこうと思った。じゃないと身体が持たない。仕事も穴をあけられない立場になってしまったし、相談を受けたらやれる範囲でやるんだろうけど、その範囲を狭めながら、ペースも確実に落としていくことになる。催しごとって、あくまで生活あってのものであって、これまではその生活部分を、かなり蔑ろにしてきてしまっていた。お金、時間、気力、体力、自分のために使うことが少なかったので、これからは何かを振り払ってでも、取り戻さないといけないものがある、と感じている。

 

ひっくり返ってる間に見たもの色々。カミナリとカナメストーンの桃鉄バトル、前後編。人がやってる桃鉄ってなんか見れるなあと思った。

 

イルカとの対話も良かった。山口さんが動物好きで可愛い。

 

「惡の華」あのちゃんの仲村さんが歴代で一番ハマってる気がするけど、声はピーキーでそんなに合ってないかも。あと、佐伯さんよりもあのちゃんが可愛いので、そういう意味では筋書きに対してルックがそんなに成立してない気がする。中西アルノ編に入って印象がどうなるか。とりあえず、おどおどする福くんがかなり良い。劇伴がやたらギター立ってて、クレジットを見るとリーガルリリーの人でちょっとびっくりするなど。

 

最終章の1話でX-MENそのままなパロディをやってのけた「THE BOYS」。結局、マーベル的な、大資本的なものに巻き込まれ、ファンからブーイングを受けてる感じも味わい深い。その上でジェンVは打ち切られる切なさ。ファンタスティック・フォー(ジョシュ・トランク版)然り、X-MENシリーズ然り、ヒーローと学園ものってアメリカでは意外と食い合わせが良くないのかな?日本ではヒロアカが大成してるけどね。僕はあのいじめっ子が好きじゃないし、最終的に許される意味も分からないから見れないんだけど。

 

「銀河の一票」メインビジュアルだけ見て、ギャグっぽいポリティカルものかな?と思ったら存外にもシリアス。かなり面白い。エルピスのスタッフや、ひらやすみの演出家など、勢いのある人選にもなんとなく合点がいく。

 

なんといっても「ばけばけ」。数字の良し悪しとかどうでもいい、自分にとって大切な作品かどうかであればそれだけで。

 

「エラー」とか「刑事、ふりだしに戻る」とか、「フェンス」とか「0.5の男」とか、他にも見たいものいっぱい。この頃は実写ドラマの面白さを再認識中。

またもや また靄の中

実は最近、人生で初めて「寄稿」を行う機会を頂いた。渾身の、というにはまだまだ程遠いかと思うが、今できる全力の800文字を3枚分、2400文字。そのうち詳細も出ると思う。その文章を仕上げるため、ギアを上げようと先週はこのブログを更新した節もあるのだが、なんとなく癖付いてしまったので、今週も更新してみる。

 

インターネットの話。ここ1年くらい、特定の文化圏に向けて刃を向け続けている友達がいる。許せない、許さない、という気持ちをハートにくべながら、邁進することは僕も吝かではないけど、許さないこと、そのものにエネルギーを費やすことで、彼は自分の心を傷付けてしまっているのではないか。そして、人をカテゴライズして攻撃するのは、無関係な他人をも傷付けることになる、ということにどうか、気付いてほしい。この間のPodcastでも話したが、批判するべきはその相手や、その個人が起こす不義理を許容し、内包する、そのしょうもない、コミュニティ自体に対してであって、その人が偶々持っている属性や、性質で大きく人を括って、無関係な誰かすらも、無自覚にでも、巻き込んでしまうのは、正直言ってあまりいただけない言動だな、と思う。あと……これは僕個人の愚痴だが、そのせいで、彼が嫌いなものについて、僕が好きと言いにくく、これが大変困る。彼に対して申し訳が立たない、と感じてしまうのだ。そこまで気にしなくてもいいのかもしれないが、彼があまりに声高に嫌悪を示すもんだから、生活がやりにくい。あまりにも、やりにくすぎる。

 

話は少し変わってちょっと前になるが、往復7,8kmある隣の駅まで、家から、そしてそのまま家まで戻りがてら、散歩した時に、町中いっぱいに、市内の某学校への罵詈雑言が書かれた紙がバラ撒かれていて、その内容があまりにもひどく、というのも、その書き手の言葉を信じるんであれば、罵詈雑言を書き殴るに至ったまでの経緯が本当に可哀想でならず、流石に、と思って当該のビラを持ち帰り、夜中の間に文章を手打ちし、こういうものが町中に点在しているが、どういうことか確認してください、と、役所に届け出たことを思い出す。

 

 

メールでは、現在調査中です、としか返ってこず、その後も特に進展はなさそうで、少なからず税金を納めている市の行政に対して、かなりイラっとしたが、そんな僕の苛立ちはともかく、そこまで行動を起こしたそのご本人は、本当にとっても苦しかったんだろうと、想像に難くないし、そして、僕の友人である彼も同じく、苦しかったし、今も苦しいんだろう。でも、その執念があるなら、あなた達は他のことで、何かを成し遂げられるんじゃないかな。辛さは理解できるし、なるべく汲んであげたい。でも、どうか、力の使い方を間違ってほしくない。心の底からそう願っている。近所の寺に「せやね」という標語が掲げられていたので、画像を貼っておきます。

 

 

11日の土曜日、朝起きたら、ゴミ出しの時間を遠に過ぎていて絶望。ディスクユニオンから午前着の荷物を受け取り、適当に米と、湯がいたかぼちゃ、生のきゅうりをむしゃむしゃ食べてすぐ昼寝。起きたら19時で飛び上がる。そこからひたすらギターの練習、そしてぶり大根を仕込む。まあまあおいしくできたが、切り身よりもアラを使った方がよかったな。最近、ぶりアラが売ってないので困る。もう春だし、季節でもないのか。

 

12日の日曜日。朝9時頃、夜の間に予約していたらしい朝マックが届く。最初は記憶になくてびっくりしたが、確かに寝る直前になんとなくで頼んでいたことを薄っすら思い出す。メガマフィンとマックグリドルを食べてまた、ギターの練習。そうこうしている間に大量の米とマスクも届く。部屋が荒れているのでとりあえず玄関に突っ込んでおいた。

 

15時頃、なんとなしにテレビで桜花賞を眺める。昨年は現地観戦して馬券をギリギリ外し、にも関わらずその後、高熱を伴う大喉風邪を引き当て、コロナでもインフルエンザでもないという、最悪の阪神競馬場だった。それ以来、競馬はあまりやっていないし、煙草もすっかり辞めた。にも関わらず、ここしばらくずっと薄っすらと喉の痛みがある、これは季節のものなのか。

 

LOSTAGEのドキュメンタリー映画「ひかりのまち、わたしたちの」を、十三のシアターセブンにてチケット予約していたので、16時頃、家を出発。パンフレットとジンジャーエールを購入し、17時頃から鑑賞。大学の頃からもう13年程、勝手に押しかけ、勝手にホームタウン化させている、奈良の見覚えある景色の中、彼らは音楽を鳴らして生きている。ドキュメンタリー映画なんてその最たるだけど、見終わった後、作品の中の日常が、自分の生活と交わって地続きになっていくような、そんな映画が好きだ。彼らの長い足跡を追うのが、これからも楽しみになった。

 

 

20時頃、帰宅後、触発されてまたギターの練習。ヤフオクで真空管入りのコンプレッサーを落札できてしまった。次のセッションは直近過ぎて間に合うかどうかわからないが、プリアンプ的に使えたら面白いのではないかと思っている。もし調整が間に合えば使ってみるかもしれない。先週完成したと宣っていたボードは、果たしてなんだったのか。18日(土)のイベント、DJは曲をなんとなく集めた状態で繋ぎが決まっていないし、部屋も汚い、めちゃくちゃだ。準備間に合うかなあ。まあなんとかしよう。なんとかなるだろう。仮にもしどうにもならなくても、自分を許してあげられるくらいには努力しておきたい。

 

 

一連の文章は、例の彼が嫌いなバンド、くるりのドキュメンタリー映画を眺めながら執筆。確かに、スノッブ的な態度に思う節もあれど、僕はやっぱり好きだし、10代の頃から聴いていたから、素直にかっこいいなと思う。こんな僕を、彼は嫌いになるんだろうか、あるいはもう、嫌いなんだろうか?だとしたらごめんなさい、としか言いようがない。出来るだけ人には、それも好意的に思っている人には嫌われたくない。とはいえ、それが理由で自分が好きなものを、嫌いになれ、というのもまた話が違うな、と感じる。申し訳なさもあるけど、多分、春ってそういう季節だ。どういう言葉を使って暮らしていくのか、自分自身で選んでいかなければいけない。その先に何が待っているのかは誰も分からない。だからこそ都度、迷いながら生活していくし、それが面白いんだと思う。まさに僕が今、悩んでいる、週末の選曲やエフェクターボードについても同じだろう。違うか。

 

まぶしい日々の影がゆれる

4日土曜、角煮を作りながら、エフェクターボードを組んだ。ああでもないこうでもないと、味見とペダルの選定をしていると、少し前に通販で注文したコーヒーが届く。最近は豆の産地に凝って色々と試している。今回は初挑戦のブラジルとパプアニューギニアと、少し前から愛飲しているメキシコのカフェインレス。早速コーヒーを淹れて楽しみつつ、角煮とボードの最終調整。23時頃、角煮は満足の出来。ボードは足元だけで音量とディレイのパラメーターをコントロールできるように、ボリュームペダルとエクスプレッションペダルを導入。シンセ用にと思って買ったまま使っていなかったMaxonのCompandorは、良くも悪くも音が太くなる。ちょうどいいぐらいにキャラクター付けができる歪みを探した結果、行きついたL'のCLDがここ最近で、一番のお気に入り。しばらく眠ってたAstral Destinyは、踏みっぱなしでピッチベンドできることを知ったので、空間系でアセンションしたい時に使用予定。まずは、ここから試していってどうなるかだろう。4/18(土) 春のアンビエントこたつin極楽寺にて、アンビエント念仏セッション、このボードの出音がどうか、しっかり確認していく。

 

livepocket.jp

 

 

この日は深夜までなかなか眠れず。飲みすぎたコーヒーのせいか……と、自業自得であるし、何もしないのも憚られたので、重い腰を上げて半年ぶりにPodcastを更新。久々で果たしてどうかなと思ったが、案外よいリズムをキープして90分間、喋っていたのではないかと思う。ドラマ「おとなになっても」で、あまりにも志村貴子顔であることに感嘆したのに、元乃木坂の樋口日奈さんの名前がすっと出てこなかったことだけが心残りである。

 

 

5日日曜、昼前に起きて、友達の実家(本人は東京出向中で不在)に機材をピックアップへ伺った。数か月前、家の裏にタイムズカーシェアが増設され、ほとんど誰も使ってるところを見ないので、気が向いたらこんな感じでいつでもドライブできるのはかなりありがたい。ただ、本当に誰も使っていないので、カーシェアスポットとしての採算が大変心配である。この町に住んで8年が過ぎ、少なからず景色の移り変わりも経験している。そのうちここも繁盛を待たずに撤去されてしまうのではないか、と危惧しているが、便利なうちになるべく使い倒そうと思う。

 

帰り道、かつて通っていた高校のそばまで向かっていたので、思い付きでなんとなく立ち寄ってみる。校舎のすぐ近くまで行くのは流石に抵抗があったが、校門まで続く、団地を抜けていく長い長い坂は、走ってみると記憶していたよりも桜がきれいだった。そしてまさにここに、桜通り、という名前がついてたことを16年越しに知った。道沿いにあった、あの頃買い食いしていたセブンイレブンや、遅くまで話し込んだココスが、見る影もなくなっていたことに、なんとなく寂しくなる。卒業してからほとんどこのあたりには寄りついていなかったのに、なくなったら残念がるのは、ちょっとと言わず身勝手な話か。今年は花見の機会が持てなさそうだったので、ここで桜を見られたのは、ちょうどよかったのかもしれない。

 

 

せっかくだから、記念に高校の写真を撮ろうと車を路肩に停めて降りてみれば、あの頃と同じ街のにおいがして、ほとんど忘れかけていた、しょうもない酸っぱい思い出などもいっぺんに脳裏に蘇りはじめる。においが記憶と、時代を司る……ちょっとだけしんちゃんの映画、オトナ帝国の逆襲を思い出した。

 

 

懐かしさに胸打たれスーパーカー「スリーアウトチェンジ」など聴きながら帰路へ。自宅のある北摂方面へ車を走らせていると、また見覚えのある道に出る。母方の祖父母の家がすぐ近くだ。家を建てた祖父はまさに僕が高校へ通っていた時分、2年生の文化祭の日の夜に亡くなった。9/16、the pillowsの結成記念日と同じだから、日付までよく覚えている。最期を看取るため、colormalと一緒に組んでいた文化祭のバンドの出番をみんなにお願いして、朝イチからに変えてもらい、ステージをこなし、家まで3,40分自転車でかっ飛ばそうと例の校門から出たら、正義感ぶった気色悪い体育教師に「どこへ行くんだ貴様!」と呼び止められたことも。祖父が危篤だ、と伝えても、信じる素振りを見せなかったあのオッサンのこと、名前も忘れてしまったが。「そんな縁起悪い嘘なんかわざわざつくかボケ!」と叫んで、自転車を走らせたあの瞬間の血の滾りは忘れられない。そういえば当時、そのことについて謝罪も何もなかったけど、あの教師は今頃すっかり隠居して、どっかで適当に暮らしているんだろうか。出来たらなんがしかの病気であってほしいな、と思う。腹立つから。人の誕生日など、大事な日を記憶しておくのは苦手なのに、こういう些末なことばっかり、頭の片隅からほいほい出てくるのは、自分でもちょっと困ってしまうな。そんなことを考えながら祖母宅近くの駐車場に着いた。

 

 

何の予告も連絡もなしに突然訪れた僕に対して、祖母は大いに喜んでくれたが、急に来たことへの驚きよりも、僕が元気であることへの安心が勝ったような面持ちをしていた。親戚一同に「今、彼氏が来ております」と電話で報告するのはやりすぎだろう、と思ったが、今年もう93歳。そういう茶目っ気、可愛げも悪くない。ケタケタと笑う背中を見守りながら、そちらこそ元気そうでなにより、と思う。普段、祖母の面倒を見てくれている母親とも電話で話したが、世話している側が舌を巻くほど、元気いっぱいだそうだ。

 

どうしても、手足が上がらなかったり歩行がおぼつかないなど、年齢なりの問題はあるけど、口は達者で表情もしっかりしている。出してくれる料理も全部美味しいし、大好きなモナ王はなんと日に3つも食べている。週に2,3度様子を見に来る母親以外にも、孫やひ孫が毎月のように遊びに来るらしいし、今週も誰々にあれを作ってやる、来週は誰が来るんだ、など、いやはや、愛されすぎているな。昔から、笑顔の絶えないこの人がみんな大好きで、小さい頃から取り合いだった。祖父が亡くなって15年になるが、この調子でまだまだ、まだまだ長生きしてほしいと思う。

 

祖父母宅で話し込み、思ったよりも長居してしまったので、カーシェアの返却時間を予定から引き伸ばし、野菜や肉、おやつなど、凄まじい量の食材を携えて20時頃に帰宅。ルーを入れたら出来るという、変な状態の作りさしのカレーをもらったが、手元にSBのカレー粉しかなかったので、部屋で鍋をした際に余らせていた野菜と、もらったトマトを加えて即席でスパイスカレーを作る。昨日自分で仕込んだ角煮の残りと一緒に食べたが、カレーはルーなしの、即席でもなかなかいけた。調理師免許を持っている祖母の下味が活きたんだろう。でもせっかくだから今度は、ばあちゃんにカレーを作ってもらおうかな。心地良い疲労感で眠る休日がなんだか心地良く、嬉しかったので、記録しておく。

 

 

no one waits for time.

25年秋頃から、というかそれよりも前からその兆候はあったが、最近輪をかけて職場の(上層部の)思想が、本来あらぬ方向に傾き始めている。モノを作るって、こんなに軽薄に扱っていい行為なんだっけ。まあ、もうどうでもいい。金だけもらえたら、という気持ちになってきているのは、生活の主立った時間を費やす仕事に向き合う上で、あまり良くない心持ち、態度だと、我ながら思う。

 

ただその分、自分に関する他の営み、労働以外の暮らし部分を、今までよりもかなり、というか今までが雑すぎただけだとも思うんだが、自分基準でなるべく丁寧に、取り組むようになってきた。具体的には、煮物とぬか漬け。時間をかけて肉や魚、野菜、カレーなどをひたすら煮て、落ち着いてきたら余った野菜をぬか床に放り込む、その前に丹念にぬかを混ぜてやる。どちらも、時間をかければかけるだけ美味しくなる。こんなに素晴らしいことはない。元来凝り性だから向いてるんじゃないか、と数年ぶりにあった高校の友人に言われて確かに、と思った。自分ほど自分のことを俯瞰で見られていない、つまりは理解できていない、無関心な生き物もいないなと、その時改めて感じた。

 

こんな風に、人の中に眠る情熱の総量は、個々に差はあれど、その人の中ではある程度一定で、その熱量を無意識化に、自分の今の興味や、拘りの上で、振り分けているだけなのかもしれない。これ、マジで凄いことに気が付いた!と思ったけど、言葉にすると全然、当たり前すぎるな。
まあいいか。

 

Podcastを更新しない間に、アンビエント念仏セッションが2回(25年11月、26年3月)。
更にクリスマス、念仏なしのアンビエントセッションも1回あった。
その間、DJもやったりやらなかったりしている。

 

 

アンビエント念仏セッションも、自分のスタイルでのアンビエントDJも、割と頻繁に「楽しそうでいいね」と言われる。それはきっと「のびのびしていて微笑ましい」という意味だ、と自分の中では捉えているが、正直言って、やっていて、どちらもあまり楽しいとは思えない。いや、言葉の上で「今日はありがとうございました!楽しかったです!」と言うことも少なからずあるし、というか毎回そう言ってる気がする、事実、そう感じることもあるのだが、それはあくまで、終わってからの振り返りの感想であり、実際にやっているその瞬間は、全然、微塵も、楽しくない、むしろ苦しい。グッと肩を入れて取り組むせいで、物理的に呼吸がしづらいこともあるくらいだ。終わってからやっと安堵が訪れる、息ができる。この手の話でよく言われることだが、水の中に深く潜って、ギリギリで上がってくるあの感じ。重ねて例えるなら普段、人前では出さないようにしている恥部というか、自分の本心、本音といった方が感覚的に近いかもしれない、そういうものを衆目に晒している気分である。

 

というか、高校時代はともかくとして、それ以降、13年前のバンド時代から、演奏が楽しかったことは少ない。というか、ない、と言い切ってしまってもいいかもしれないレベルである。自分には、他にできることがないから、必死でやっているのだ。今後、誰からも声がかからなくなったら、自分から何かを起こすことはもうなくなるだろう。そう思うと、音楽というものは自分にとって、先に話した情熱とは別の箱の中にあるのかもな。


大前提として、誰かに呼んでいただける限りは、需要があるものにはちゃんと応えたいし、やるからには真剣にやるし、中途半端なものは出したくない。エンターテイメントとしてきちんと成立させたい。少なくとも、今の僕の職場に対するモチベーションのように「まあ、もうどうでもいい。金だけもらえたら」という気持ちで向き合っているものでは、決してない。とはいえ、どう足掻いても性格的に集中的に、真面目に、取り組んでしまうので、やはり物凄く疲弊するのだ。なので、もしこれらのオファーがなきゃないで、他のことに時間や情熱を費やせるっちゃあ、費やせる。

 

ここまで書いて思った、多分だけど、自分の楽しさよりも、見てくれるであろう誰かが何かを持ち帰ってくれることを一番に優先している、ということだろうか。だから、自分の楽しさとか、喜びとか、そういうものはどうでもいいのだ。楽しそうにのびのびと演奏している、選盤している、もしあなたの目にそう見えているなら、ある種のパフォーマンスとしては成功している、ということなのかもしれないな。

 

一連の文章は、暗い言葉が並んでいるので、どうしてもネガティブに映ってしまうかもしれないが、自分としては、こういう意識はそんなに悪いことではないと思う。誤解を恐れず真実を言えば毎回めっちゃ大変ではある。ということと、演奏そのものが楽しいものではない、ということ。そして、全部が終わってから、あたたかい人のまなざしを感じた瞬間に、やっと少しだけホッとする、ということ。これらが、心の中でパラレルに巻き起こり、それぞれが支えあい、存在し得るのだ。もしかして、自分以外の誰かに対して真剣に向き合うということは、往々にしてそういうものなんじゃないだろうか?この気持ちは、これからもなるべく大切にしていきたい。

 

そう考えたら、煮物とぬか漬けは、完全なる自己満足だ。アンビエント念仏セッション、DJ/煮物、ぬか漬け。並べてみて、なんとなく、時間の使い方、気の持ち様、似ているようで違う。時間をかけて誰かを満足させたいのか、あくまでも自分が、自分だけが、満足したいのか。類型の軸上にあるようで決定的に違う、その差異の話。